top of page
Mika Morizaki

ステレオ写真の魅力

高井 貞治


私がステレオ写真に魅かれるきっかけは、数年前に東京写真美術館でダゲレオタイプのステレオ写真を見たことでした。写真の発明の当初からステレオ写真があったことに驚き、写真の古典技法にはまっていたこともあって、やってみたい気持ちが一気に高まりました。

カメラの歴史を調べると、19世紀末から20世紀前半のカメラには普通の一眼モデルだけでなくステレオバージョンがたくさん作られています。当時はそれほどにステレオ写真が流行していたわけで、オークションサイトには当時のガラス・スライドによる絵葉書的なステレオ写真セットがたくさん出ています。もちろんヌード立体写真も一大ジャンルですが、クリミヤ戦争や日露戦争などを記録したステレオ写真も出されていて、その流行の広さがうかがえます。

しかしステレオ写真を裸眼で見るのは一般向けでなくビューアが必要になるというのが、映画のようには大衆化しなかった原因ではないかと私は思います。鑑賞がどうしても個人的になるのです。ステレオ写真は何十年か周期で流行を繰り返すと言う人もいますが、その流行も「孤独のグルメ」的なものになりそうです。私のカメラの知り合いの中でも先輩の方々にステレオ写真の愛好者が結構いることがわかったのですが、こちらからカミングアウトしないかぎりそれはわからない。ステレオ写真にはなんとなくそういう雰囲気があるようです。

右の写真にあるのは今回使ったフォクトレンダーのステレフレクトスコープ 4.5x10.7(1927年?)です。これとほぼ同時期に6x13のモデルも出ているのですが、小さい判型のほうが先にできていたようです。12枚のシートフィルムプレートが巧妙なチェンジバックに装填されています。シートフィルムをこのサイズにカットして撮影しました。そのネガフィルムをスキャンしただけで掲載したイメージになります。


奥にあるのはガラス・スライド用のステレオビューアです。無銘ですが多分20世紀初頭のもの。上面の蓋の内部が明かり取りの反射鏡になっているので印画紙のステレオ写真も見られます。早田カメラ店の早田さんは「4x4サイズの方が6x6よりも絵が飛び出るよ」とおっしゃいますが、ともあれひとりでこれをじっと覗いていると、なにやらイケないことをしているような気分になります(笑)。


ガラス・スライド(昔の市販品)の前にあるのはステレオ写真用の焼き枠です。このタイプのステレオカメラで撮ったネガは、左右はそのままに上下が逆転した像で写るため、正像で見るには左右像の真ん中を中心にしてくるりと180度回転させる必要があります。そうすると左眼の正像が右に来て右眼の正像が左に来ることになります。このあたりのことを図なしで説明するのはとても難しい(汗)。

裸眼での交差法ならこの配置で良いのですが(今回の作品の配置はこれです)、ビューアでは平行法といって、左像を左に、右像を右に入れ替えて焼かないといけません。それが簡単にできるのがこの焼き枠です。市販のガラス・スライドはこうして量産されたものでしょう。この焼き枠もビューアと同じくらい古いものだと思います。もともとガラス乾板用なのでフィルムには板で底上げして使っています。こういう機材を見つけて使うのもステレオ写真の楽しみのひとつです。


ちなみにこのステレフレクトスコープについては、フォクトレンダーにいた技術者のハイデッケ氏が営業のフランケ氏と一緒にスピンアウトして会社を作り、これにそっくりのハイドスコープというステレオカメラをまず製造販売し、それをロールフィルム対応にしたローライドスコープに発展させ、その二眼だけを縦に組み直してあのローライフレックスができたというのは、カメラの歴史上では有名な話です。ですからこのステレフレクトスコープはローライフレックスの曾祖父にあたると言ってもいいかもしれません。

興味深いのは、ローライフレックスがステレフレクトスコープと同じくレンズボードの繰り出しでピント合わせをする仕組みになっているのに、その直接の先祖であるハイドスコープもローライドスコープも前玉回転式であることです。酒井修一氏は、レンズボード繰り出しという優れた方式がフォクトレンダーの特許だったからではないかとカメラレビュー誌の記事(*1)に書いておられますが、ローライフレックスはレンズボード繰り出し式になっているのですから、果たしてどうでしょうか。私としては、スピンアウトに絡む争いを避けるために、あえて最もウリの仕組みだけコピーしなかったのではないかというように勝手に想像しています。ローライフレックスはオリジナルな発想なので、堂々と理想とする仕組みにしたのではないかと。複数のレンズのピント合わせでは、レンズボードを動かす方が構造もシンプルでレンズ性能も保持しやすいはずですから。

そんなこともあって私はステレフレクトスコープに惚れ込んでいます。しかもこのヘリアー・レンズは75cmまで寄れるのです(ハイドスコープやローライドスコープのテッサーは1mまで)。クローズアップのステレオ写真は立体感がよく出るので撮る方も気分が上がります。

もっとも、ステレオ写真は左右1組の写真を撮ればいいだけのことですから普通のカメラでも容易に撮れます。それがSawyer’s MarkIVのステレオ写真です。こちらではRolleinar2を付けてよりクローズアップにしました。その時使ったのが右の写真にあるローライ製のステレオ・スライダーです。これを三脚に取り付けスライドベースにカメラを固定し、水平にスライドさせて左右2枚を撮ります。見やすい水準器が付いていて作りもさすがローライです。こういう純正アクセサリーがあるのはステレオ写真ファンとして痺れます。

ただし、ローライフレックスやこのカメラのようにフィルムが縦給送だとステレオペアが縦に並ぶのであの焼き枠は使えず、ネガの焼き付けは格段に面倒になります。このスライダーがより役に立つのはフォクトレンダーのスパーブのような横給送の二眼レフだというのもちょっと皮肉な話ですね。なにしろスパーブは、ローライが二眼レフのフィルム縦給送方式を特許にしてしまったために、やむなく横給送にしたということですから。

*1 クラシックカメラ専科No.17「フォクトレンダーのすべて」P.59


【関連書籍のご案内】

(1) クラシックカメラ専科No.17「フォクトレンダーのすべて」(朝日ソノラマ)

後半に「特集:ステレオ写真への招待」があります。

(2) クラシックカメラ専科No.27「ステレオワールド」(朝日ソノラマ)

ステレオ写真の原理からステレオカメラ、ホログラムまで含めた総合的な3D写真特集。

(3) 世界ヴィンテージ・カメラ大全(東京書籍)

ハヤタ・カメララボの根本泰人さん著作の素晴らしい本。末尾の[特別編:ステレオカメラ]に

ステレオカメラとステレオ写真の詳細な解説があります。

(4) ステレオ日記「二つ目の哲学」 赤瀬川原平 著(大和書房)

私の大好きな原平さんによるステレオ写真を通じた認知論、視覚芸術論です。

裸眼平行法(平行視)に関する考察が、さすが赤瀬川原平さんです。

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page